6月の日曜参観日はやっぱり憂鬱

子どもが1歳半の頃に離婚して、その後、元旦那はこれまで一度たりとも子どもたちに面会交流へ来なかったため、「父親」の存在が皆無な我が家。

9歳になった子どもたちも「お父さん」に関して、今まで全く質問して来たことがありません。物心がついた頃から「お父さん」という存在がなかったので、そういうものだと思っているのでしょうか。

子どもたちの中で、父親はどんな存在なのか、聞いてみたい気もしますが、子どもたちの本音を聞くのがやっぱり怖いので、「父親」の話題に触れないのが我が家の暗黙のルールになっています。

そんな我が家の子どもたちが通う小学校は、毎年決まって6月の第三日曜日に参観日があります。

普段は意識しない「父親」という存在ですが、日曜参観日には沢山のお父さんたちが学校に来ますし、「父の日」に開催されるので、授業のテーマが「お父さん」の可能性も考えれれます。

テーマに関しては、クラスに他にもシングルマザーがいるので、大丈夫かなとは思いますが、なんだか「父の日」の参観日というだけで憂鬱な気分になります。

おじさんがいっぱいの教室に入るのも嫌だなあ、どうしても仕事が溜まってて休日出勤をしなくちゃとか言って、参観日をさぼっちゃおうかなあ、なんて思ったりもしますが、子どもたちのことを考えたら、それもできません。

寂しい思いもさせてしまうのは勿論ですが、普段はあまり発表しない子どもたちが、参観日は張り切って手を挙げているそうです。

授業中に姿勢良く机に座って、先生の話を熱心に聞いて、手を一生懸命に挙げて、当たったらしどろもどろながら、頑張って自分の意見を発表している様子を見られるのは参観日しかないので、平日に参観日がある時も、有休を取って必ず見に行っています。

まあ、長期出張で家にいないお父さんや、サービス業で土日働いているお父さんも中にはいるので、父親が来ない子どもは、うちの子だけではないかなとも思いますし、気楽に参観日を楽しんでこようと思います。